うつろい

まるで統一感のない日常のエトセトラ。へっぽこ人生。

シンプソンズを見ると部屋から閉め出されたシドニーの夜を思い出す

 

1泊だけシドニーに滞在した夜のはなし。フィリピンでの語学学校生活後のはなし。当時21歳。

この日を境に、翌日早起きしなければならない夜や現実で何かに追われている時、空港にたどり着かなくて焦る夢を見るようになった。

 

フィリピンからオーストラリアへ

フィリピンへ入国するためには出国のチケットが同時に必要だったので、日本出発前からオーストラリア行きのチケットを購入することに。

シドニーからならオーストラリア国内どこでも行きやすいだろう」ととりあえずフィリピン→シドニー行きの飛行機のチケットを買った。次の目的地の便との兼ね合いから、結果的にシドニー滞在日数1日となった。

フィリピンから日本へ帰らずシドニーへ直行、ホテルにチェックインして真っ先にシャワーを浴びた。フィリピン生活の3か月間は水シャワーのみ。プラス料金でお湯が出るタンクも付けられたが、寮の友達の「そうでもない」という口コミと貧乏学生だったのとで付けなかった。

オーーーーマイゴッド…!!」ってね、人生で初めて腹の底から出た。湯ですよこれが、これこそがシャワー。それまでオーマイゴッドなんて意味のない相槌として使っていたけれど、3か月ぶりにお湯のシャワーを浴びると純日本人英語かぶれにもその感覚がわかる。

シャワーを浴びて心機一転、シドニーの街へ繰り出した。お目当てのエンジェルプレイスへ向かい、見えない鳥のさえずりに癒された後、オペラハウスの方へ。

Forgotten Songs@Angel Place, Sydney

 

シドニーのシンボルに正直なんの感想もなく、今写真フォルダを見返しても1枚もない。本当に行ったっけ?と疑ってしまうから1枚くらい撮っておくべきだったが、想いのない写真には価値が見出せない。きっと当時の私もそう思ったのだろう、「綺麗な写真だったらGoogle画像検索でいつでも見れるではないか」と。

 

歩き疲れた頃、日が落ちるか落ちないかくらいに部屋へ戻った。荷物を置いてホテル内探索へ出たが、すぐに飽きて部屋へ戻る。

鍵を差すが、右に回しても左に回しても開いた感触がない。しまった、ドア壊してしまったとちょっぴりビビりながらフロントのおっちゃんを呼んだが、おっちゃん手も足も出ない。

「これは業者を呼ばないと。今日は日曜だから休みだな、明日の昼まで待ってくれる?」

 

私、明日の朝7時にシドニー発つんだけど。

血の気が引いた。引きすぎてオーマイゴッドどころか言葉も出なかった。

「死んだ」と明朝体で想像してもらえればよろしい。「オーマイゴッド」はおっちゃんが代わりに呟いてくれた。

これはまずいと電話をかけ始めたおっちゃん「ピザ食べる?」って。その電話の先がピザ屋か鍵屋のどちらかわからなかったが、泣きそうになりながらイエスと答えた。

その日ちょうど空いていた部屋に通されるが、スマホ以外何も持っていない。本も財布も充電器も部屋の中。スマホの電池も残り10%になり、スマホはベッドに放り投げてテレビをつけた。

どの番組も英語で何を言っているのかわからない。フィリピンでは例に漏れず日本人グループでかたまっていたので、英語なんて上達するはずなかった。

後悔するはずの場面なのにもう何も考えられずとにかくチャンネルを回し続け、「あ、CCレモンのやつ」と手が止まったのがシンプソンズだった。

もちろん何を言っているのか理解できなかったが、呑気そうなのになんだか腹が立った。こっちは異国で踏んだり蹴ったり、やっと湯シャワーを浴びられたのに今度は部屋から閉め出しとは!日本を出てきてからのことや、卒業後のこと、今まで逃げてきたことすべてが波のように一気に覆いかぶさって思考回路がショートした。

 

こういう時に大泣きしたらドラマチックなんだろうけど、何も考えられなくなった。すべての音が聞こえなくなり、寝っ転がったシーツの感触さえわからなかった。しばらくすると「スンッ」と冷静な自分がログオンしてきた。今何を考えたって状況が変わるわけではない。鍵は開くかもしれないし、開かないかもしれない。明日開いたとしても、飛行機に間に合わないかもしれない。

そうしたら急にお腹がすいてきて、おっちゃんが頼んでくれたピザを思い出し、手を伸ばした。シドニーに来てから初めてのご飯が22時過ぎに食べるピザだった。美味しかった。

ぱくぱくしてたらおっちゃんやってきて、「鍵開けてもらったよー」って。おっちゃんにセンキューセンキュー何回も言って、荷物と感動の再会。急いでシャワーを浴びる。目覚ましをセットしてベッドに入るが興奮して眠れなかった。早朝4時45分に起きて支度すれば余裕、余裕。

 

最後の最後で出発予定時刻に起床する失態を犯す

目を覚ます。目を疑った。ホテル出発予定時刻なんですけど。アラームなりましたっけ?

なぜ翌日の服を着て寝なかったんだろうと思うほど、余裕もなくチェックアウト。「このまま駅に迎えば空港行きの電車に乗れるが…この坂道きつくない???」

20kg級のスーツケースを押しながら息を切らして歩いていたら、タクシーのお兄やんが車内から声をかけてきた。空港までならこのまま駅まで歩いて電車乗るのと変わらないということなので、タクシーの助手席に乗った。

水飲む?と聞かれたけれど、フィリピンでタクシーぼったくりに遭ってから運転手はむやみに信用しないことにしていた。一回断ったが、寝起きすっぴんだったもんな、相当ひどい顔をしていたらしく「お金は要らないから飲んで」と言われ素直に頂戴した。

 

空港までの車での道のりは調べてこなかったが、これだけはわかる:渋滞している。

時計とメーターと道路を交互に睨んでずっと「ここまで来て搭乗時刻締切だったらどうしよう」と焦っていた。焦っても車は進まないのに焦る気持ちだけがどんどん大きくなっていた。

結局、空港に到着したのは出発の30分前を切っていた。チェックインカウンターを探していたら、空港スタッフの「パース!パース!」がクリアに聞こえて同じ文言を私も繰り返す。パース!パース!

 

これをきっかけに冒頭に書いた夢を見るようになった。

飛行機には無事搭乗できたが、この時のことを成長を感じた瞬間だとか言うつもりはない。けれど、この時以上に孤独を感じることはそうないし、緊急事態の時ほど頭が冴えるようになった。そしてこの日を境に、翌日早起きしなければならない夜や現実で何かに追われている時、空港にたどり着かなくて焦る夢を見るようになった。

 

 

※別ブログに投稿した記事のリライトです。